三条飲食店組合広報紙

題字 喜六亭 佐野良彰

第六号


記事内容
◆平成九年 年頭挨拶
◆食材展示会
   食材三社が競って開催
◆尾瀬紀行 【願いの叶った日】 
   東京亭 倉茂文子
◆短信   

≪ 願いが叶った日 ≫

尾瀬随想 東京亭 倉茂文子

 六月の中頃、組合の知人に
『一緒に尾瀬へ行かんかね』
と誘いを受けたとき、私の中に、あの水芭蕉の思い出が鮮明に甦ってきました。

 若かりし頃、何度か行った尾瀬。
その美しさに惹かれ「いつか家族が出来たら一緒に行ってみたい」と思っていた私にとって、願ってもない誘いでした。

 早速、娘と二人の名前で申し込んでは見たものの、今は私達の元を離れて生活する娘が「うん」と言ってくれるかどうか不安でした。

 娘は今、十九歳。
流行のアムロファッションに小室ミュ―ジック、そしていつもの長電話。
そう、只今青春真っ盛りです。
案の定、

 『なんで私が行くのよ。』

そっけない返事が返ってきます。

 『お願い、お母さんの願いを叶えて。』と、頭を下げ

 『たまには親孝行もするものよ。』と、

すねたりもして見せ、やっとの思いで承知してもらいました。

 当日は絶好の登山日和。
幸先良く出発はしたものの、トンネルを超えた途端に雨がポツリ。
(あ〜ぁ、やっぱり。)
私と娘は、顔を見合わせます。

 娘は生来の雨女。
幼い頃、何度か連れていったディズニーランドは、いつも雨。
修学旅行も、雨雨雨。
(あ〜ぁ、また今日も。)
本降りになった窓の景色に、先を案じていました。

 ところが、着いた尾瀬は日本晴れ。
鳩待峠で、至仏山登山隊と尾瀬ヶ原散策隊に分かれ、出発の時を待ちます。
日頃、運動不足の私は、娘と一緒に尾瀬ヶ原散策隊に入れてもらい、いよいよ念願が叶う時を迎えます。

 野鳥のさえずりを聞きながらブナの林を一気に下ると、木々の間から川上川の清流が見えてきます。
川上橋で一休みした辺りから娘の様子が変わってきました。

 『お母さん、すっごくいいね。』

感動の言葉を口にしはじめます。
(何よ、あんなに渋っていたくせに。)
そう思いながらも、
(やっぱり一緒に来てよかった。)
私の心の中は、喜びで一杯でした。

 山の鼻から至仏山を背にし、燧ケ岳を正面に見て私達部隊は竜宮小屋を目指します。
尾瀬ヶ原の緑の中を二本の木道が延び、しおりを片手にニッコウキスゲ、サワラン、トキソウ、カキツバタ等の花々を見分け、目の前に広がる光景にいつしか若かりし頃の自分の姿を、娘の背中に重ねていました。

 普段あまり話さない将来のことを話したり、自分の若い頃の話を聞かせたりと、尾瀬の魔法は私達母娘の距離を一気に縮めてくれました。

 ようやく竜宮小屋に到着、待望の昼食です。
その日は、朝早く起き、幼い頃母が私の作ってくれたものと同じ、茶碗に山盛りのご飯で作ったおにぎりをリュックに詰めて持ってきました。

 『わぁ、こんな大っきいの誰が食べるの!』

驚きの声を上げる娘。
そのはずです。
いつもは子どもが食べやすいようにと、小さなおにぎりしか作ってあげないのですから。

 『いーいっ。大きいのをこうやって割って食べるのが旨いのよ。』

と、得意げに言う私に一口食べた娘が、

 『ほんと、旨い!こういう所にはおおきいおにぎりが似合うのね。』

と、大いに納得。
 たかがおにぎりとは云え、母から私、私から娘へと伝わる、大きな大きなおにぎりでした。

 後日、撮ってきた写真を主人に見せ、

 『ほんとに行ったんだよ。まるでテレビか映画の世界だったよ。』

 得意げに説明する姿は、いっぱしのアルピニスト。
この変わり様、まったく我が娘ながら。

  ♪ 夏が来れば   思い出す ♪

  ♪ 遥かな尾瀬   遠い空 ♪

 このメロディ−を聞くたびに、この日を思い出すことでしょう。
無理を言って連れて行った尾瀬でしたが、
 『今度、水芭蕉も見にゆこうね。』
と、言ってくれた娘の言葉が、私にとって何よりのものでした。
            



≪ 展示会内容紹介 ≫

 短信 

HOME